知識を得ることの無意味さと有意義さについて
疲れて帰ってきて、いろんな記事を読んでる時間が結構幸せを感じる時間だったりするんです。機材関係のレビューとか。
そうやって、レビューでもなんでも見て様々なものを比較して吟味してる時間ってもしかしたら一番楽しいかもしれませんよね。しかも大体の機材って沼になっていて終わりがないじゃないですか。めっちゃ怖いですよね。
でも何がすごいって、そういう時間の生産性ってゼロなんですよね。
こうしてブログでも書いて自分のログにでもなっていればまだマシなんですけど、悩んでるだけの時間自体は何も生まないですもんね。
あ、でも知識は得るからいいのか別に。
すみません、長々と書いておいてあっさり自己解決しました。
でもねー、知識は得るけど結局それだけなんですよね。
「あ、それ知ってるよ」
「だからなに?」
みたいな。
今って調べれば調べられることは調べられるじゃないですか。当たり前のこと書いてますけど。
手元の端末でいつでも調べたらわかることを知っているのに何の価値があるんだろうとも思うんですよね。
知っておいた方がもちろんいいんですけど、何でも。
だけど、それ自体が武器にはなり得ませんよね。
やっぱ自分で手を動かしたり頭使ったり恥かいたり褒められたりしたことに価値があるんですよね。
そうやって考えると、やっぱり知識ばっかり増やすんじゃなくて現場で動いてなにかしらした方がいいんでしょうね。
ちょっと色々考えないといけませんよね。
とりあえず今はこうしてブログでアウトプットしながら、自分の趣味に関しては少しずつ知識を増やしてでもそれだけで終わらせないことがテーマですね。
頭でっかちにならないように気をつけないと。
頭でっかちになりやすい時代ですから。
もっと色々やって遊びたいですね。
今日はそんな感じです。